2020年7月29日水曜日

『七人のイヴ(上・下)』 ニール・スティーヴンスン

地球滅亡から太陽系外へ脱出などの定番な飛躍はなく、現在の技術を背景に、地球周辺=月の軌道で生き延びる術を探る近未来宇宙開発SF

■帯より転載
ビル・ゲイツ、オバマ元大統領も絶賛する
近未来パニック超大作!
月が七つに分裂→地球が
人類滅亡の危機にどう立ち向かうか!?

■感想
訳者あとがきに「本書の原題『SEVENEVES』は回文であり、セヴニヴーズと著者自身が発音し、タイトルを見ただけではSeven Eves(七人のイヴ)のイメージは沸かないので、邦題『七人のイヴ』はネタバレの匂いを感じるであろうがご容赦願いたい」とあるが、容赦できないのが率直な感想です。
多くのSF読みにとっては、タイトルから「人類滅亡後、生き残った7人の女性が新たなイヴとなり、新しい人類を創出するのでは」と推測ができ、三部構成の内、第一部・第二部が冗長と感じられてしまうのです。
近年の洋画タイトルがあまり邦題を付けないように、『セヴニヴーズ-SEVENEVES-』でよかったのではないかと思います。(書店に並んだ時を考えると、『七人のイヴ』の方が手に取りやすいですが)
また、国際宇宙ステーションの軌道面変更や内部の様子など一部の技術は丁寧に描かれているのですが、人類滅亡の時が間近となっても市井の人々のパニックの様子はあまり描かれなかったり、5000年後の亜人類の誕生過程はざっくりだったりとちぐはぐさは拭えません。
しかし、地球滅亡から太陽系外へ脱出などの定番な飛躍はなく、現在の技術を背景に、地球周辺=月の軌道で生き延びる術をシミュレーションしていく発想はとても説得力があり、「雄大なスケールの近未来宇宙開発SF」です。
(SEVENEVES by Neal Stephenson, Copyright 2015. 2020年発行)

★★★

 

『コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史』 谷 甲州

日本ハードウェアSFの傑作『航空宇宙軍史』を補完する22年ぶりの新作短編集

■帯より転載
第36回
日本SF大賞受賞作
宇宙ハードSFの極北、22年ぶりの最新刊

■感想
本書は『航空宇宙軍史・完全版』(1983~1986年)では語られなかった、歴史の隙間にあたるエピソードが7編収録されています。(第一次外惑星動乱から40年後、第二次開戦前夜までが描かれた連作短編です)
歴史の隙間にあたるエピソード(補完)というそもそも構造上の欠点があるため、著書の持ち味であるハードウェアSFとしての緻密さは感じるものの、各短編は小粒な面白さで留まっているように感じます。
『航空宇宙軍史・完全版』を読んでから本書を手に取ることを強くお勧めします。
(2017年6月発行, 2010~2015年初出)

★★★

2020年7月27日月曜日

『航空宇宙軍史・完全版(一・二・三・四・五)』 谷 甲州

多くのSFはスペースオペラであり、現実の宇宙戦争はこうなるはずと思わせる、計算に裏打ちされた日本ハードウェアSFの傑作

■帯より転載
この長大な物語には、
人間が宇宙で生きることのすべてが
描かれている。
大幅な加筆修正、新解説・新装幀で贈る完全版刊行

■感想
本作は、航空宇宙軍の発足~外惑星連合との2度に渡る太陽系内戦争~汎銀河連合との恒星間戦争へと展開していく一大戦記です。(5巻計約3,500ページのボリューム)
一巻を読み始めすぐさま衝撃を受けます。
今まで観てきたSF映画やアニメ、多くのSFはスペースオペラであり、ファンタジーだったのではないかと思ってしまう程です。
物語時点での太陽系内の各惑星の位置と距離を元にした戦略、レーザー砲やミサイルが簡単に当たるのではなく戦艦の軌道に射出される機雷による戦闘方法など、緻密な計算に裏打ちされたハードウェアSFを堪能することができます。
また、英雄一人が活躍するのではなく、ある時は末端の戦闘員、宇宙船司令官など実際に戦闘に従事する人々のエピソードが丹念に積み重なることで長大な歴史が紡がれていくため、よりリアルさが増していきます。
一~三巻における太陽系内宇宙戦争は珠玉の出来なのですが、五巻に登場する火の鳥的な存在(輪廻転生をSF的解釈として落とし込もうとしている)が緻密な世界観と相反するため残念でなりません。

■各巻タイトル
一 カリスト-開戦前夜-/タナトス戦闘団(2016年8月発行, 1988・1989年初出)
二 火星鉄道一九/巡洋艦サラマンダー(2016年10月発行, 1988・1989年初出)
三 最後の戦闘航海/星の墓標(2016年12月発行, 1987・1991年初出)
四 エリヌス-戒厳令-/仮装巡洋艦バシリスク(2017年2月発行, 1983・1985年初出)
五 完全版 五 終わりなき索敵(全)(2017年4月発行, 1996年初出)

一~三:★★★★
四:★★★
五:★★

    

2020年7月15日水曜日

『消えた少年たち(上・下)』 オースン・スコット・カード

モルモン教徒の一家に起こる奇妙な出来事。家族の愛と親子の絆が丁寧に描かれていく中、残り50ページで明かされる衝撃の結末

■裏表紙より抜粋
七歳の長男スティーヴィは、転校した小学校に慣れないせいか、沈みがちになって、弟や妹の相手もせずに空想の友だちとばかり遊ぶようになっていた。・・・・・・連続少年失踪事件にゆれるアメリカ南東部の小さな町を舞台に、家族の愛と親子の絆を描きだす感動作

■感想
本書のカテゴリーはSFではなく、少しホラーよりのミステリーとなります。
『エンダーのゲーム』(Copyright 1985. 1987年発行)を読んで、カードのSFをもっと読みたいと思われる方にはお勧めしません。
上下巻合わせて900ページに及ぶボリュームですが、著書の力量によって長さを感じることはなく読み進むことができます。
アメリカ南東部の小さな町に引っ越してきた家族に少しずつ降りかかる奇妙な出来事を通して描かれる、家族の愛と親子の絆が心に染み渡っていき、残り50ページで明かされる結末には、一筋の涙を誘います。
補足ですが、解説を同じモルモン教徒である斉藤由貴(女優、1980年代のトップアイドル)が書いてるのは一興です。
(LOST BOYS by Orson Scott Card, Copyright 1992. 2003年発行)

★★

 

2020年7月14日火曜日

『シャドウ・パペッツ』 オースン・スコット・カード

エンダーのシャドウ=ビーンの物語。正編の対であるかのように、一つの終わりと新しい始まりが描かれる

■裏表紙より抜粋
世界各地で紛争が起こるなか、世界を統べる覇者―ヘゲモンに就任したエンダーの兄ピーターは、あろうことか殺人鬼アシルを部下として迎えることにする。宿敵アシルがピーターのもとに来ると知ったビーンは、友人ペトラとともに逃げだすが・・・・・・

■感想
本書はビーンを主人公とした《エンダーズ・シャドウシリーズ》の3作目です。
正編《エンダー5部作》と対をなすように、宇宙/地球内、3000年/15年程度、異生命体/亜人類などの舞台・設定は異なりますが、家族・愛・生と死が根底に流れています。
また、後半になるにつれて主人公の活躍が控えめとなり、懐かしいアーライをはじめ脇を固めるキャラクターたちが生き生きと物語を引っ張て行くことも、対になっているかのようです。
残念なことに本シリーズの翻訳版は本作までであり、4作目『SHADOW OF THE GIANT』(Copyright 2005)、5作目『SHADOWS IN FLIGHT』(Copyright 2012)は未訳となります。
ビーンのその後や本作で明らかにされた伏線が回収されていない状況はもどかしい限りです。
早川書房さん、何とか『ENDER IN EXILE』(Copyright 2008)を含め、ぜひ翻訳出版してもらえないでしょうか。
首を長くして待っています。
余談ですが、『エンダーのゲーム(新訳版)』のイラストカバー絵が、主人公エンダーと姉バレンタインとペトラだったのが、ペトラが活躍する本作を読み直して腑に落ちたところです。
(SHADOW PUPPETS by Orson Scott Card, Copyright 2002. 2004年発行)

★★★

『シャドウ・オブ・ヘゲモン(上・下) オースン・スコット・カード

さすがのストーリーテリング。仲間を救出すべく戦略とアクションが魅力的

■帯より転載
戦友たちを救い出せ!
凶悪な敵アシルに誘拐されたバトル・スクールの仲間たちを救うべく、ビーンは決死の行動を開始したが・・・・・・!?

■感想
本書はビーンを主人公とした《エンダーズ・シャドウシリーズ》の2作目です。
第三次バガー戦を終え、地球に帰還したバトル・スクールの生徒たちは、世界支配をめぐる権力闘争に巻き込まれていきます。
ロシア・中国・インドを陰から操る、ビーンの宿敵アシル。
世界を統べる覇者(ヘゲモン)を目指す、エンダーの実兄ピーター。
そしてアシルに捕らわれたバトル・スクールの仲間たちを救出すべく行動を起こしたビーンの三人を軸に、地球世界の再秩序に向けた動きが描かれていきます。
また、ペトラやスリヤウォングなど『エンダーのゲーム』では多くを語られなかったキャラクターたちが生き生きと活躍します。
現代と変わらない戦争・戦闘方法を舞台としているため、SF的なアイディアは残念ながらありませんが、エンダーが救った地球の後日譚(《エンダー5部作》では余り語られないピーターの活躍)、主人公ビーンの成長を楽しむことができます。
(SHADOW OF THE HEGEMON by Orson Scott Card, Copyright 2000. 2003年発行)

★★★

 

2020年7月6日月曜日

『日本SF傑作選1 筒井康隆 マグロマル/トラブル』 筒井 康隆

日本SF界の鬼才。各短編のアイディアは、作者の頭は一体どんな風になっているのかと、良い意味で疑いたくなるほど秀逸。ただし内容は好き嫌いがはっきりと分かれるのでは

■裏表紙より抜粋
1957年、SF同人誌〈宇宙塵〉が創刊され、同誌から星新一が作家デビューを果たした。この現代日本SF誕生の年から60周年を記念して、第一世代作家6人の傑作選を日下三蔵の編集により刊行する。第1弾は、いまや現代日本文学の巨匠となった筒井康隆。

■感想
ギャグ漫画において赤塚不二夫が描かなかったギャグ・漫画手法が無かったと言われるように、日本SFの黎明期において作者が「まだ誰も書いていないアイディア、書き方の手法」に邁進していく様が感じられる初期25編の短篇を収めた一冊です。
各短編のアイディアは、作者の頭は一体どんな風になっているのかと、良い意味で疑いたくなるほど秀逸です。
少し前の作品が再出版される際の常套句「本書には、今日では差別表現として好ましくない用語が使用されています」が、本書では飾りではなく、(誰も書いていないアイディアを書くために)散見されるため、2020年に読むと読後感は少し悪かったりもします。
(2017年8月発行, 1964~1978年の作品を収録)

★★★

2020年7月4日土曜日

『人間の手がまだ触れない』 ロバート・シェクリイ

現代社会にも通じる風刺と文明批判は、60年以上前の作品とは思えない普遍的な面白さを持つ

■裏表紙より抜粋
次巻と次元の境でふとほころびた穴に落ちた男の話など、奇想天外なアイディアと自由奔放なイメージ、鋭く軽妙なユーモアに満ち満ちた珠玉の短篇13篇を収録する傑作短篇集!

■解説(高橋良平)より抜粋
60年代、日本SF界の創世記のころ、SFの普及・浸透の大任をはたしたのが、フレドリック・ブラウン、レイ・ブラッドベリ、そしてロバート・シェクリィの三羽烏だった。・・・シェクリィはウィットあふれるスマートな作風で、人口に膾炙していった。
※膾炙=世の人々の評判になって知れ渡ること

■感想
60年以上前に発表された作品のため、現代のSFに比べるとSFならではのダイナミックさには少し物足りなさもありますが、現代社会にも通じる風刺と文明批判の視点は古さを感じさせないばかりか、作品発表から60年を経過しているにもかかわらず人間の考え方や社会は少しも変化していないのではとニヤリとさせてしまう面白さが詰まっています。
星 新一のショート・ショートが好きな方にはぜひ手にすることをお薦めします。
SFの教科書の一つかと思われます。
(UNTOUCHED BY HUMAN HANDS by Robert Sheckley, Copyright 1954. 1985年発行)

★★★

2020年7月2日木曜日

『エンダーの子どもたち(上・下)』 オースン・スコット・カード

ゼノサイド(異類皆殺し)・エンダーの3000年にも亘る長き旅の終着点であり、救済の物語。人たるものは体なのか、魂なのか

■裏表紙より抜粋
艦隊の到着まであと数週間となり、ルジタニアに住む三種類の知的生命体―人間、原住種族ペケニーノ、窩巣女王ひきいるバガーたちは、それぞれの形で生き延びる道を探ろうとするが・・・・・

■感想
本作(1996年)は《エンダー5部作》における4作品目にして、エンダーが主人公である正編の完結編となります。
2008年に『ENDER IN EXILE』(未訳)が発表されますが、『エンダーのゲーム』(Copyright 1985. 1987年発行)と『死者の代弁者』(Copyright 1986, 1990年発行)の間を繋ぐ作品のため、エンダーの3000年にも亘る長き旅はここが終着点です。
オースン・スコット・カードのWeb上では、『ENDER IN EXILE』を含めて《エンダー5部作(The Ender Quintet)》としています。
「エンダーの魂が3つに分かれ、3つの体を動かすことになる」というSFらしからぬ設定をSFらしい説明により、年老いた主人公エンダーに代わって、エンダーの魂を分かち合った残りの2人が物語を紡ぎます。
「3つの入れ物(体)に1/3づつの魂」であることが、ゼノサイド(異類皆殺し)であったエンダー自身とルジタニアの救済に繋がっていく展開を違和感なく読ませてしまう作者の力量は、さすがの一言です。
また、本書の重要な役割として遠い未来の日本・日本人が登場するのは嬉しいものでした。冒頭には、大江 健三郎(ノーベル文学賞受賞者)への謝辞があります。
(CHILDREN OF THE MIND by Orson Scott Card, Copyright 1996. 2001年発行)

★★★★

 

2020年7月1日水曜日

『ゼノサイド』 オースン・スコット・カード

SFを介し、「親と子」「神と子」「自身と他者」を問いかける

■裏表紙より抜粋
エンダー・ヴィッキンが死者の代弁者として植民惑星のルジタニアにやってきてから、三十年が過ぎた。人類に致命的な病気をもたらすデスコラーダ・ウィルスの蔓延を恐れるスター・ウェイズ議会が、ウィルスを惑星ごと殲滅しようと粛清艦隊を派遣。その到着が目前に迫っていた・・・・・!

■感想
本書は『エンダーのゲーム』(Copyright 1985. 1987年発行) 、『死者の代弁者』(Copyright 1986. 1990年発行)に続く《エンダー5部作(The Ender Quintet)》の第三部にあたります。
実年齢が60歳となったエンダーが物語のキャラクターとして動きが鈍くなり、読者としては少し寂しい気がする中、中国系の植民星パスで神の声を聞く者ハン・チンジャオとその秘卑ワンム、そしてエンダーの(血は繋がっていない)子どもたちが躍動し物語を引っ張っていきます。
さらにエンダーの忌み嫌う人物と最愛の人物までもが、超高速飛行技術の開発の副産物(次巻のフリ)として登場します。
エンダーたちのいるルジタニア(キリスト教・西洋的世界)と平行して進む、中国系の植民星パス(道教・東洋的世界)における物語が心地よい違和感を醸し出し、『死者の代弁者』と同じく静的な展開にかかわらず、ガラッと違う読後感を残します。
また、熱心なモルモン教徒である作者は本作にて「家族・親と子」、「神と子」、「自身と他者」を問いかけているような気がします。
(XENOCIDE by Orson Scott Card, Copyright 1991. 1994年発行)

★★★★